中村 正善

中村 正善

なかむら まさよし

株式会社JINRIKI 代表取締役社長

昭和33年生まれ。東京都渋谷区出身。
株式会社JINRIKI代表取締役社長。
世界初のけん引式車いす補助装置「JINRIKI」の開発者。観光庁ユニバーサルツーリズム検討会委員、視覚障害者文化振興協会理事なども務める。日本発明大賞、福祉機器コンテスト最優秀賞など受賞多数。

できるのは世界中に自分だけ

強烈な一言

JINRIKIの開発に挑む私の背中を押してくれた出来事。それは、三重県で行われた総合避難訓練でのことです。三重県では避難が難しいことを理由として、何十年もの間、車いすユーザーが一度も避難訓練に参加したことがありませんでした。東日本大震災を機に、2011年秋の避難訓練に初めて参加してもらうこととなりましたが、急な坂の上にある避難場所まで逃げることができませんでした。その翌年、私はできたばかりの試作機を訓練に使わせていただくというチャンスに恵まれました。試作機4台を持ち込み、使っていただいたところ、介助者の力を借りた車いすユーザー全員が、健常者と同じタイムで避難場所までたどり着くことができたのです。

そのとき、参加した車いすの男性から強烈な一言をいただきました。

「あなたは私たち家族の命の恩人です。津波が来たら、家族はおそらく俺を置いては逃げられない。だから、そのときに、私たち家族の人生はおしまいだと思っていました。これでみんなと同じように生きていくことができます」

この言葉に、私は「なんとしても商品化させなくてはならない」と決意しました。

みんなと同じってなんだろう。たったこれだけの坂じゃないか。たった数センチの段差じゃないか。たったそれだけで諦める命がある! この人たちはどんな気持ちで生きているんだろう。諦めていい命なんかない!

商品化の大きな壁

車いすは16世紀に発明され、20世紀初期に世界中に普及してから今日まで、大きな変化がありません。ましてや商品化されたけん引装置やその特許もなく、今これができるのは世界中に自分しかいないと思いました。

試作機を使った避難訓練

障がい者の中には車いすの乗り替えが難しい人もいるため、さまざまな種類に対応することが大切です。実はこれが難題で、商品化の大きな壁でした。車いすの種類がとにかく多いのです。フレームパイプの太さや角度も違う、幅もブレーキの形も位置も違う。

しかし、私が考案したワンタッチで装着できる方法が、この問題を解決しました。技術的な説明は省きますが、最終的に、電動式、自走式、オーダー等の約9割の車いすに取り付け可能になったのです。

多くの人たちの助けに

また、災害時に一人で迅速な避難ができないのは、障がいのある車いすユーザーだけではありません。高齢者や視覚障がい者、知的障がい者、乳幼児、妊婦、けが、病気の人なども想定されます。現在、80歳以上の高齢者は1千万人を超えています。避難訓練では、認知症の方々を避難させることが難しいこともわかりました。私の発明が、そんな人たちの助けになるかもしれません。

「東日本大震災では、助けようとした支援者も逃げ遅れた。必要な人はたくさんいるはずだ」

そこからはギアを1段も2段も上げて、私財をつぎ込み、失敗を繰り返し、専門家の協力も得て3年かけて商品化に漕ぎつけました。世界初の商品化となったJINRIKIは、国際特許に準ずるPCTも取得しました。