中村 正善
なかむら まさよし
株式会社JINRIKI 代表取締役社長
昭和33年生まれ。東京都渋谷区出身。
株式会社JINRIKI代表取締役社長。
世界初のけん引式車いす補助装置「JINRIKI」の開発者。観光庁ユニバーサルツーリズム検討会委員、視覚障害者文化振興協会理事なども務める。日本発明大賞、福祉機器コンテスト最優秀賞など受賞多数。
バリアフリーからバリアパスへ
完璧なバリアフリー化は不可能
平成28年4月に障害者差別解消法が施行されましたが、多くの土地、特に観光地では全てをバリアフリーにすることは物理的に不可能です。また、全ての人に対応することも不可能で、たとえば視覚障がい者にとって点字ブロックは必要ですが、車いすユーザーには逆に障害物となる場合があります。
そこで私は「バリアフリーからバリアパスへ」を提案しています。「バリアをなくせないなら越えてしまえ!」という考え方です。JINRIKIによって車いすの走破性を向上させれば、バリアフリーの工事をせずに、環境を保護し、極端に急な段差や狭い道以外は、健常者とほぼ同等の行動範囲を確保できる可能性が高くなります。JINRIKIは今使っている車いすにワンタッチで着脱できるので、観光や旅行時に携帯して段差や坂道に慣れておけば、災害時にあわてないで済むという利点もあります。
これで山に行けるよ
それらの理由から、観光地でJINRIKIを取り入れるところが少しずつ増えています。和歌山城では忍者に扮した「忍者お助け隊」がJINRIKIを使用し、車いすユーザーを天守閣近くまでサポートするサービスを行っています。また鳥取砂丘や金沢兼六園でも貸し出しが行われ、札幌の雪祭り、福島県の花見などでも取り入れられるようになりました。
また、さまざまな団体にも活用されています。北海道の「チーム・パラマウント・アドベンチャー」という団体は毎年多くの車いすユーザーを集めて、マウントレースイ スキー場などで登山を行っています。東京高尾山もポリオの会や小学館主催の車いす登山が毎年行われるようになりました。パラリンピックサポートセンターではお台場で行われたイベントで車いすビーチフラッグなどの競技が開発され、神奈川県藤沢市の「強力」(荷物を担ぐ専門職)は江の島の階段400段に車いすで挑戦し、車いすのアルピニスト猪飼嘉司さんはキリマンジャロ登頂にも成功しています。
これまで諦めていた登山や海へ出掛けることは車いすユーザーやその家族の行動範囲を変えると同時に、観光地の活性化にも、貢献することができます。
車いすの子どもに「これで山に行けるよ」と言うと、「ホントに!」と素晴らしい笑顔になります。
避難を、命を諦めない
数年前からは一部の自治体で、障害者総合支援法の「特例補装具」「日常生活用具」として補助の対象にもなりました。災害時にいかに安全に速やかに避難するかは重要な課題です。JINRIKIがあれば、車いすでは諦めていた場所も移動できるようになります。
車いすを「引く」姿はまだちょっと見慣れないかもしれませんが、これがあたりまえになるくらい、早く普及させたいと強く思います。
まだまだ知名度も低く、車いすユーザーの日常的な困難も理解されていません。これからも、「出掛けることを諦めない! 避難を、命を諦めない!」を、日本国内はもちろん、世界中の多くの方に伝えていきます。
JINRIKIウクライナ支援
2022年には、ウクライナへの支援活動にも取り組みました。
外務省やJPFなど多くの協力の下、6月と9月の2回渡航をし、これまで535台のJINRIKIを、キーウの国立がん研究所や支援団体、リハビリ施設などに寄贈しました。戦闘が続くウクライナでは現在、多くの人が車イスを必要としています。戦場においては、急な避難も発生しますが、JINRIKIがあれば、負傷者を迅速に緊急時に避難させることができるため、現地の医療機関に喜ばれました。この活動は、現地をはじめ、世界中のメディアで取り上げられました。
これは日本にしかできない「人命救助」でもあると思っており、これからはもっと大きなプロジェクトにして続けていくつもりです。